We can love completely, without …
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We can love completely, without …

今回は久々に ちょっと真面目な話題です。
ー 愛について ー

But we can still love them -
we can love completely
without complete
understanding.」

だがそれでも、我々は彼らを愛する。
完全に理解はしなくても、
完全に愛することはできる。


これは 「 A river runs through it 」 という
作品 (Norman Maclean著)のなかのセリフです。

ロバート・レッドフォード監督で映画化
もされてます。

夫婦でも、恋人でも、友達同士でも
親子でも姉弟でも仲間でも

やっぱり
人が人を完全に理解する
ことってあり得ないですよね。


それでも、それでもやっぱり

「私の事をもっと理解してほしい。
相手の事をもっと知りたい。」
と望んでしまいます。

理解度が深い=愛

だと思ってしまいがちですが

この台詞に

単純にイコールにはできないんだ」と
ハッとさせられました。

理屈じゃないんですね。


いくら考えて考えても、でも相手の
その部分を認めることはできなくて、
どれだけ話し合っても平行線で
相手を理解できないところがあっても

それでも

「愛することはできる」

人と人が出会い、仲良くなり
大切な人として愛し合う。

パートナーとして、友として、家族として。

人とのつながりには
楽しい、素晴らしい事もあれば
めんどうなことやものすごく辛い事も
色んな要素がたくさん含まれています。

信じても、裏切られるかもしれないし
恐ろしいほど傷つけられるかもしれない。
でも、生きていて良かったと思えるほどの
喜びやトキメキ、幸福感をくれるのもまた
人だと思います。

何かが起こった時、気づいた時に
自分にとって大切な人を

愛し続けるのか、
関係性をかえるのか、
関係を終わらせるのか  は
自分次第なんですよね。


いろんな状況で仕方なかった」ことはなく
常に自分がその選択をしている」という事実を
もっと認識していかなあかんのやろな~とも。


「愛」には色んな面があり、
正しいとか、間違っているではジャッジしきれない、
言葉では言い表せない、なにか深淵で大きくて
混沌としたものが含まれてると感じます(^^;)

愛ってなんだろうと、あらためて考えた時に
何だか、老子の言ってはる「道」に似てるなあと
思いました。


「道の道とすべきは常の道にあらず


愛とは何か。

多分、答えはでないんだろうと思います。

でも、それでも愛について
きちんと考えて向き合っていきたい。


自分を大事にして、自分を愛して
そして
相手も大切にして、相手を愛して
傷ついたり、傷つけたりしながら
色んなおもいを増やし・共有し
お互いに切磋琢磨し
心を豊かにしながら
生きていきたい

と思います。


追記①
えと、私には「暴力や相手からの不本意な扱いに
耐え忍ぼう」という考えは全くありません。
相手へのある程度の「配慮・思いやり」は必要ですが
「黙ってひたすら我慢する」のと
「相手を理解はできないけど、愛する」ことは
別問題やと思いますので。

追記②
あ、相方となんかあった訳ではありませんので
ご心配なく(笑)お陰さまで仲良くさせてもらってます
お読み下さりありがとうございますΛ(_ _)Λ


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